数年前から行きたいと思っていた
杉並区・武蔵野市を代表する神社にようやく行ってまいりました。
2方向に延びる大きな鳥居を携えた参道が、青梅街道沿いからも目を引きます。
荻窪駅から善福寺川を遡るコースを取りました。
町なかの川と言う感じで、もっと遊水地があってもいいなと思いつつ歩いていたところ、
ゴール付近に短い区域ではありますが、遅野井川という親水広場がありました。
その奥に善福寺池があります。高く生えた水草がカワセミなどの隠れ場になっているようです。
そして
遅野井の滝があります。
遅野井は頼朝が掘り当てた伝説がありますがもちろんそんなわけはなく、
縄文時代以前から湧水の地と思われます。
丁度GW時期で、鯉のぼりが設置されていました^^

付属の幼稚園側から井草八幡宮へ入ります。
ご祭神は八幡大神・明治時代までこの付近の古い地名から遅野井八幡宮とも呼ばれていました。
境内からは縄文時代中期(約4,000年前)の住居址が発見されており、
顔面把手付釣手形土器は国の重要文化財。
源頼朝が文治二年(1186)奥州征討の際、戦勝祈願で手植した松は
結構最近の昭和48年に枯れているのが惜しいですね。
社殿の周囲一帯を、木の壁の回廊でぐるりと囲んでいるのがきれいです。

3年ごとに神輿の渡御(これはマイペース)
5年ごとに流鏑馬神事、これは激レア。立派な流鏑馬用の砂敷きの参道があります。
立派なのは「別表神社」ということもあると思われます。
※一部の規模の大きな神社については、神職の進退等に関して
一般神社と同じ扱いをすると不都合があることから、
「役職員進退に関する規程」において特別なルールを設ける対象の神社
楼門に
櫛磐間戸神と豊磐間戸神が阿吽の表情で鎮座、これは極めて古式とのこと。
『ホツマツタヱ』では2柱は神門の日の締、月の締を守ると書いてあります。
大きな神社では、鳥居や神門をくぐったところに小さな祠が
対になっていることもあるそうです。
付属の民俗資料館は年2日+例大祭の数日だけ公開だそうで、
またタイミングを合わせて行ってみたいかなと思います。