忍者ブログ

お茶のこ彩々別館・古代史・神社のお話

日本の裏古代史(主に縄文~古墳時代。上古代の重要文献『ホツマツタヱ』)勉強中の一般人が、勉強で感じたことや神社を参拝した際の感想などを載せていこうと思います

2023年8月:古代メキシコ展・墨書土器研究会

古代メキシコ展
マヤ・アステカ・テオティワカン

ネイティブアメリカンは日本人との共通性が多いことは既知の事実ですが、
まだそれほど調べていなかったので今回いい機会になったと思います。

観覧に行く前に全体をざっくりと説明していただく講座を1回聴講しました。
犬HKの特集番組も見ました。すごい気合の入れようなので、
狙いを勘ぐってしまう今日この頃。
Eテレで人身供儀の歌が作られていたようですし、
イメージを植えつけ奴隷化を促進するためとか?

まあそれはそれとして、マヤの本も1冊『古代マヤ文明』(中公)
読みましたが全体を網羅している入門タイプの本ではなかったです。
やはり土地勘がないし地名を出されてもイメージがわきにくいですね。
人名もなじみがないので覚えにくいですし、
歴史時代の戦争の章は正直わかりにくかったです。
まあ段々慣れていく感じになるでしょうか。
研究者が名付けた「カミナルフユ」(祖先の丘)は
古代日本で亡くなった人・祖先へ敬意をこめ
「カミ」と呼んでいることに共通していると思いました。

この本ではマヤ文字の紹介が面白いなと思いました。
複雑な絵になっているので、かなり描くのが大変かと。
これだけ複雑なら特権階級のみが使いこなせたものだろうし、
一般の人には読めないと思われるので
目立つ柱のような場所のレリーフとして描くのもOKだったのかも。

マヤ文字はファンキーな虫?シイタケ目のオウム?タコ?
などに見えてゆるキャラっぽいんですよね^^

一方日本の古代文字のひとつホツマ文字は、
シンプルな法則の表音文字なので表に残る遺物に書かず
秘匿する必要があったのかもしれません。

あと旧石器時代の少女・ナイアの人骨のコラムも興味深いです。
ハプロタイプYのDタイプの遺伝子が日本人と共通していて(現代人にも受け継がれている)
新大陸に渡った旧石器日本人の末裔ということになりますね。

インカ方面も興味あるので今度読んでみるつもりです。

あとマヤの人々はイメージしていたより好戦的なんだなと思いました。
スペイン襲来の時は内戦が盛んにおこなわれていて、そこをスペイン人にうまく利用され、
あっという間に崩壊してしまったということなんですね。
内輪もめは外部に利用される、ということを肝に銘じておかなければなりませんね。

日本の場合は庶民同士で分断・対立させて、
政治屋をはじめとした支配層の巨悪に目が行きにくい手法がとられています。
もちろんさらに欧米がバックにいるわけですけどね。

本の感想が長くなりましたが、展示感想のほうに移ります。
会期の終わりのほうに行ったのでかなり混んでいました。
写真はそれなりに撮ってきましたがロングショットだとほぼ人が映り込んでる状態です。
観客の感想が聞こえやすいのは面白いところもありますけど。
土偶が親戚のおじさんに似てる的な若者のコメントも^^
若者はFGOとのコラボ目当てでもあるんですかね。全然知らないですが。

日本でいうと古墳時代以降と対応する、ということを念頭にしつつ観ていきます。
土偶がなかなか精巧で、お相撲さんのようでちょっとかわいいです。
また大きな黒曜石の副葬品がありました。
日本で黒曜石というと鏃などの小さな製品が多いので、大きさに個性を感じます。

四隅の神を模したチャートも独特。隅の方角を守る概念は共通なんだなと思います。
祭祀具がほとんどだったので、実用的な鏃などの展示もあると
もっと良かったかなと思いますが。

あと個人的に注目して見てみたのが鳥の遺物です。


・目玉展示物の一つ、鳥の置物はファンキーすぎてちょっとこわい。

・フクロウのふた飾りがついた容器。冥界の死者とされていることから
 フクロウ信仰があるとのこと。


・食器は形を工夫するよりは彩色をしていますね。塗料が気になります。
 夜行性の鳥の羽を表面にデザインしてあります。黒・赤の色合いが多いのは、
 黒赤の漆を用いた縄文と共通していますね。

フクロウというかミミズクっぽいレリーフの鏡もありました。
 素材は黒曜石かと思いましたが、鏡の面は黄鉄鉱・レリーフ部分は土製らしいです。

 テオティワカンから来た征服者の「投槍ふくろう」のイメージとのこと。
 フクロウへの畏怖があるのは確かですね。

 ちなみに黒曜石の鏡の起源は6000年前のトルコ・チャタルホユック遺跡とのこと。
 この文化も縄文系の人が関わっていてもおかしくはないかな
 (7000年前の噴火で縄文人の移動があったと思われるので)
 体格は大きいので民族の中心ではないかもですが。
 縄文文化本体では鏡の出土はしてないようですけどね。
 
・トゥーラのアトランティス像の背中に羽が。

(都市伝説のほうではなく大地を支える巨人のアトラスと言う意味)
 目玉展示物テオティワカンの戦士像も、ガッチャマンのような鳥コスプレ。

・猛禽類の羽を身につけることで、
 その力を借り自分を強化するという呪術の現れですね。
 そもそもネイティブアメリカンの一番有名なイメージは頭の羽飾りであり、
 価値観を共有していたということなんでしょうね。


その後、前回時間切れで観れなかった東洋館へ。
東アジア古代世界全体の日本との共通性も注目している立場としては
ぜひ観ておきたいです。 
マヤ展が混んでいたのでぎりぎり全フロア回れたという感じでしたが。
中2階位の段差で5階まで吹き抜けになっている構造。

最初は中国の仏像が多くそこはそれほど…
と思っていたらメソポタミアやエジプトがその上に。
石器の形や装飾品がかなり縄文と似ているなと。

縄文土器の回転紋から発展したとも言われる、円筒印章もあり。

そしてエジプトの赤と黒のバイカラーになるよう焼成した土器にも注目。


ミイラさんもありますが写真は撮りません。
遺体をはるか異国の地で展示するのはさすがに失礼でないかなと思っていますが、
エジプトも縄文系の人が絡んでいるとも言われますが…
もしこの方がルーツを持っていたらと想像をたくましくしてみました。
中国の土器独特の太い三足「鬲」(れき)も初めて拝見。
あと銅鐸にも注目してみました。タイにもあるんですね。

韓国はかなり共通性が高く、古墳時代の副葬品はほぼ日本と同じ。
勾玉もばっちりありますね。

縄文時代独特の子持ち勾玉までありました。


------------------


国際学術研究会「東アジアからみた出土文字史料・墨書土器」

一般参加ができるので聞いてみましたが
研究会と言うだけに、マニアックな話が多かったかと。
でも興味深い話ではありますね。

質疑応答の際は大体学会の方が質問されていました。
質疑がないか振られて固まる方も…

【趣旨説明】

墨書土器のデータベースを作る際の苦労話など。

吉野ケ里遺跡の石棺や、田和山遺跡の石硯の記事など
弥生時代の文字の存在についての話題が取り上げられていて、
学会の人たちにとっても関心が高いんだなと思いました。
とは言え明言を避けている感はありましたね。
弥生時代の記号をまとめている書籍の紹介があり、
ホツマ文字に似ているものももちろんあります^^

また、中国では他の文字資料も多いことから
墨書土器の研究はそれほど盛んではないそうです。

木簡と墨書土器が併行した資料ですが、
木簡は行政的で非祭祀的/墨書土器は非行政的で祭祀的。

ひらがな成立期の同時代資料としても、墨書土器を参考にしたいとのこと。
歌集にも出てくるそうです。
酒を酌み交わすときなどに土器に歌を書くことがあります。
しかし平安時代はそれ以前より歌の扱いが軽くなっているイメージがあるらしいです。

墨書の記号は「井」に似たものが一番多い


【北海道】

墨書だけでなく線刻「刻書土器」までが範囲という感じ。

8世紀後半ー11世紀前半の時期で、須恵器に刻書したものかつ、
北海道に持ち込まれる前に刻書がつけられたものがほとんど。

アイヌの知らない用語も多かったですね。例えば「イクパスイ」(棒酒箸)
棒状の祭具で酒を火などに振りかけ、神と人の仲立ちをしてくれるもの。

千歳末広遺跡は石狩低地の分水嶺で日本海側と太平洋側を結ぶ交通の要衝、
道内唯一の鉄製錫杖が出土している。
密教の伝播があったが本格的に受容せず一部のみにとどまったことを示す。
また密教の錫杖の出土例として、日光の男体山遺跡が紹介されていたのが興味深いです。
先日行ったばかりですので。

ある研究だと3系統に分けられ、
「↑」矢印状刻印は土着の漁業や狩猟の矢から。
「#」「×」は在来信仰+和人の影響が濃い呪術的文字を土器に書く信仰が習合した。
「奉」は水辺の祭祀に用いた

土器底部の刻印記号はアイヌの「イトクパ」(祖印)の源流と考えられる。


【沖縄・徳之島】

奄美大島の南、市の観光的なアピールもかねての講演とのことでした。

旧石器時代からの遺跡があり、石灰岩アルカリ性土壌のため人骨も残りやすい。
糸魚川産のヒスイが出土している。

クローズアップするのは「カムイヤキ陶器窯跡」

中世グスク時代(11Cー1429年・琉球王国時代の前)
渡来系の方が窯を開き、沖縄地方の土器の供給元になっていたとのこと。
遠くは長崎まで運ばれている。

「亀焼池」の整備前の発掘調査で発見された。
そこからカムイヤキという名前が付けられたとのこと。
※そもそも「亀焼池」の由来は「甕焼池」ということだったんでしょうね。

黒雲母入りの土が採取でき、硬質の土器が造れることからこの地に作られたと思われる。
水と燃料となる照葉樹も豊富。

器形は壺が圧倒的に多い。
この地域は近世まで文字なしとされるが、記号の刻書が見られる。
「×」「天」「夫」など

【韓国】

三国時代の墨書土器と併行して木簡と紙が多い
高句麗は軍隊駐屯地、百済と新羅は古墳からの出土例が多い
日本は地方にも幅広く普及しているが新羅では例が少なく王宮や官衙のみ。
墨書土器は祭儀用の短文なので、
文字の普及は墨書土器だけでなく紙も合わせて考える必要があるかも

日本語で発表しておられましたが、正直ほとんど聞き取れなかったかな…
関係者の方は理解されているようでなにより。
時間も押したのでここまでにいたしました。
古代文字の碑文などが出てこないのが(とされているだけかもですが)
日本古代の文字研究の最大のネックですが。
重要な事項は紙や燃やせる媒体で秘匿的に文書を作っていて、
例によって飛鳥・奈良時代の焚書で消えたものが多くあるのは間違いないでしょう。

いつも思っていますが偽書とされる文書を
考古学資料からその文字が出ないからと一蹴せず、
その内容が示すものと、考古学事実の整合性を見るのも有益だと思うんですよね。

例えば、石硯の田和山遺跡は『ホツマツタヱ』にしか載っていない
「三十九個の銅鐸」が埋められた加茂岩倉遺跡に近い宍道湖付近ですしね。
PR

コメント

プロフィール

HN:
茶人(別HN:さいおん南)
性別:
女性
自己紹介:
2019年までは普通のアニメ映画好き。この数年で一気に裏情報を知った者です。一応歴史を専攻していましたがそれまではそこそこ。裏古代史を知って俄然やる気が出てきて、人生史上一番本を読んでます

カレンダー

04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

P R